愛よりお金?お金より愛?

2008年07月11日 05:40

今日も反論必至のお金ネタを書きたいと思います。

お金と愛について。


「現代社会では、充分なお金を得られないストレスが最も健康を害している」

「金持ち父さん」のロバート・キヨサキ氏は、著書でこう語っていました。

いわゆる”財布の癌”です。


お金が充分に手に入らないことによる、イザコザ。

夫婦間のトラブルはお金にまつわることがほとんどだと言いますね。

自分の買いたいものが買えない。

趣味に思うように行けない。

広い家が買えない。

友達は外車に乗っている。

恋人同士の時は、気にならなかったことでも、結婚して、ひとつの財布の元に生活を始めるようになると、その金銭感覚の違いにより、イザコザを生みます。

また、子どもの教育方針でモメる夫婦もよくいますが、コレも深く掘り下げてみると、お金の問題に絡んでくることが多いようです。

習いごとに行かせたい。

有名私学を受験させたい。

将来は○○に。。。

心の奥底では、本当はできればさせてあげたい、行かせてあげたい。

でも、そこに行かせるにはお金がかかる。

それは口に出せない。

お金を理由に子どもの教育を制限してしまう自分を認めたくないのです。

だから、それをさせないことの優位性、例えば公立の学校の良さや、その習い事の不要論を自らに言い聞かせ、それをしないことの方が、いい教育方針であることのように思い込む。

その思い込みを夫婦間で納得しあえない場合は、教育方針でモメるという結果を生みます。

根本は充分なお金を得られないストレス。

(あっ、ちなみに私は、公立の学校しか行ったことしかありませんし、私学を賞賛しているワケではありません。子どもにお受験をさせるつもりも全くありません。)


ヨーロッパの古くからの格言に、

「パンを食べられなくて、愛が語れるか?」

というのがあるそうです。

食べるのに困っているようでは、「好きだ」「愛してる」は後回しになる。。。

確かにそんな気もします。

「マズローの欲求5段階説」では、

最下層にあるのは「生理的欲求」

空気、水、食べ物、睡眠など、人が生きていく上で欠かせない欲求です。

今のところ日本では、空気、水はタダに等しいですが、食べ物と快適な睡眠は、最低限のお金が必要です。

それに比べて「愛」は、上から3番目「社会的欲求」、もしくは2番目の「自我欲求」

認められたい、愛されたいなど、他人からの賞賛を求める欲求です。

下層の欲求が満たされて、始めてその上の段階の欲求が芽生える。

まずは、お金がないと、愛は語れないのは、この点にあるのでしょうか?


「お金」と「愛」

「お金か?愛か?」

「愛か?お金か?」

永遠のテーマですが、私はどっちも大好きです^^


なんかオチがありませんでしたね(汗




ブログランキング参加中!クリック応援いつもありがとうございます!
ブログランキング・にほんブログ村へ