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未来の大金より、今使える100円?

2008年07月30日 01:00

時間は万人に平等。

このことは誰もが知っているし、時間の使い方の大切さを語る上で必ず言われる言葉です。

一日が24時間で、1年が365日であることは、大人も子どもも同じ。

しかし、実質的な時間の長さではなくて、”時間の感覚”は、大人と子どもでは大違いです。

大人が感じる1ケ月と、子どもが感じる1ケ月。

同じ1ケ月でも、感じる時間の長さは全く異なる。

今日はずいぶん以前に読んだ「パパ銀行のマネー哲学」という本

(絶版になってますので、新品は手に入りません。私はアマゾンマーケットプレイスで購入しました。1円で販売してたのでラッキーでした♪)

から、私が感じたことを話したいと思います。


子どもの頃(イメージとしては小学校低学年くらい)、おじいちゃん、おばあちゃんからお年玉や、おこづかいをもらったことは、多くの人が経験しているはずです。

「はい、○○君。好きなもの買っていいよ!」 

と、日頃、目にすることのない、お札をもらい、喜び勇んで、

「ありがとう!!さっそくおもちゃ屋さんに・・・」

と、返事が終わる間もなく、お父さん、お母さんの登場。。

「まあ、御父さんありがとうございます。いつもすみません。」

と、握り締めたお札を取り上げ、

「これは一旦お母さんが預かるからね。大きくなったときに使えるように貯めておこうね。」

・・・・・

子どもたちは絶句です。

これが何年も繰り返されると、お年玉をもらっても、何も嬉しくなくなります。

子どもにとっては、大人になるまで・・・なんて、とてつもなく長い時間のように感じます。

もう一生あのお金は自分のものにならない、という風にさえ思えることでしょう。

子どもにとってみると、大人になってからしか使えない大金よりも、今使える100円の方が嬉しい。

「大人になるまで」の名目のもとに、自分の手から取り上げられるお金なんて、嬉しくとも何ともないのです。


私たち大人は、5年後の自分の姿などは比較的想像しやすいものです。

目標なども1年後、3年後、5年後、10年後などと定めて、それに向かって努力することを日常的に行います。

しかし、子どもはそうはいきません。

自分が子どもの頃を思い出すと、よく分かります。

今の楽しみが大きなウェイトを占めていますから、自分が大人になる10年後なんて、はるか遠い未来。

その未来を容易に想像できる子どもなんて、まず居ないでしょう。

もし居たら、その子は神童です。

とんでもない大人になるかも知れませよ。

10年先はおろか、5年先、いや3年先でさえ、子どもにとって見れば、ものすごい未来の話に聞こえます。

小学校高学年の時に、自分が高校生の姿を想像できた人がどれだけ居るでしょう?

高校生になったら、アレを買いたいから、このお金は貯金しとこう!

なんてあり得ないですよね。

ある意味、未来を深く考えずに楽しめるのは、子どもの特権であり、素晴らしいところですから。。


子どもの頃の時間軸と、大人になってからの時間軸。

万人に平等なハズな時間ですが、その”感じ方”は大きく異なります。


そんな、今楽しむことしか発想できない子どもが、貯金という未来に備えることを覚えるためには、大人が貯蓄に魅力を感じる「利息」を、子どもの時間軸に合わせて設定することが大切だと、「パパ銀行」では述べていました。

大人が魅力に感じる金利が仮に1%だったとしたら、時間の感じ方に10倍の違いのある子どもには、金利として10%を提示してあげると、「貯めて来月使おうかな」という気になるそうです。

つまり、「今我慢して、後に大きな楽しみを得る」といった、自分でお金を管理するような習慣が身に付くと筆者は言っていました。

なるほど一理ある。

時間軸とお金の関係。

ある種、大人でも、日銭でギャンブルなどの一時の快楽を求め消費を繰り返す人などは、時間軸が極端に短い人。

子どもと同じ時間の感じ方をしている人なのかも知れないですね。



自分の時間の感じ方、

どれくらい先の未来まで想像可能か?

改めて考えてみる必要を感じました。

先日、おおいに刺激をもらった社会人交流会でも、「5年後の自分」を全員がスピーチしました。


皆さんは自分の何年先まで、具体的に想像できますか?

5年後の自分を人前で語れますか?

私も改めて、自分の未来を見つめなおしています。

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私の正体を見せてきました(汗

2008年07月27日 02:36

ブログの友達に会って来ました。

拓さん主催の社会人交流会へ参加です。

お会いしたのは、ブログ繋がりでは、「拓さん」「にじ色いづさん」「筆笑長さん」「稲葉さん」です。

ブログ以外でも多くのアツい方々とお会いしました。


場所は梅田。

ボクの職場の近くですから、庭みたいなもんです。

当然迷うことなく会場へ。

家出るときからそうでしたが、オール初対面の方と、4時間もしゃべることができるだろうか?

オフ会も初めてだし、モチベーションの高い起業志望の方の集まりに参加することも、もちろん初めて。

元々、社交的な人間ではないほうの部類の私に、この刺激は大きすぎやしないか。。。

とにかく緊張で、ドキドキもんで会場付近に到着しました。

少し時間が早すぎます。

どうも落ち着きません。

完全にキョドってます。

「ダメだ。時間あるし少し落ち着きに行こう。」

会場付近まで来て一旦引き返し、隣のビルのいつもよく行く釣具屋へGO!しました。

私は仕事中にもよく、イライラや嫌なことがあると、気持ちを落ち着けるために釣具屋に行きます。

そして、お気に入りのルアーを眺めて、「ふぅ~」と、リラックス。

今日は仕事でもないのに、ちょっとリラックスしに来ました。


で、時間が迫ってきたので、会場へ。

なんと、会場のお店は営業時間外になってます。


おそるおそる中に入ると、店員さんから「何か?」と。

何か?って・・・、「あの~、拓さんと言う方で予約入ってませんでしょう?」

(しまった・・・拓さんって、言っても店員さんにしてみれば、ハァ?って感じだな。。えーっと苗字なんだったっけ?)

と思ってたら、店員さんが「こちらへどうぞ♪」と店の中へ案内してくれました。

(おー、拓さんで通じたぞ。もしかして予約名は「拓」なのか??もう、みんな来てるかなー?)

中に通されると、すぐに分かりました。

拓さん、そして、いづさんです。

「こんにちは、リックルです。」

「おー、リックルさんですか!!はじめまして!!!」

二人して大歓迎してくれました。

二人ともブログでの交流を経て描いていたボクのイメージ通り。

あまりにイメージ通りなんで、初対面な気がしません。

話もいくらでもあります。

すぐに緊張は解け、ワクワクモードに入りました。


今回の交流会は、昼カフェの部と、夜飲みの部に分かれてて、私はせっかくなので、両方とも通しで参加です。

まずは昼カフェの部。

自己紹介のあと、自己理解(自分の強み、弱み、悩みetc)と、将来像(5年後の姿)をアピールします。

素晴らしい夢を語る方、今の自分の悩みを語る方、自分の方向性を見出したいと正直な気持ちを伝える方、皆さん初対面同士ですが、素敵なスピーチでした。

私は順番的に一番最後、トリです。

緊張のあまりダラダラしゃべっちゃって、途中かなり支離滅裂。。

自分の伝えたい、語りたい想いがカラまわりしているのが、自分でも分かりました。

(スピーチは得意なほうなんだけどな。。、泣)

自己紹介を終えて、少し落ち込んで、ちょっとヘコんでましたが、あっという間に時間も過ぎて、昼カフェの部、終了です。

(2時間、早っ!)


夜の部では少しメンバーの入れ替えもあって、アルコールも出てきて、少し違った雰囲気でスタートです。

ブログ仲間では、筆笑長さんと稲葉さんが来られました。

夜の部のメインイベントは、起業したてのブログ仲間いづさんの事業計画書のプレゼンと、意見交換会です。

しゃべるのが苦手とおっしゃるいづさんですが、想いは十二分に伝わってきました。

カラー印刷で16ページにわたる立派な事業計画書。

私も頂きました。

すでに起業されている先輩方が、具体的なアドバイスを下さいました。

私はまだいづさんの足元にも及ばない気合いだけの状態ですから、何もアドバイスできるようなことはありません。

私自身が勉強させてもらってる身ですから。

でも、事業計画書の中で協力者が最も注目するという、「創業の動機」にある、”固定概念の打破”

ココに強く感銘を受けた私は、

「何か激励の言葉を言いたい、いづさんを応援できるようなアイデアはないか?」

と思い、挙手をして、生意気にも意見してしまいました。

また、気持ちだけ先行してしまって、やっちゃいました。

全然練られてない、思いつきのビジモデにもならないアイデアを。。。



でもね、いいんです。

今日は恥をかきに来ましたから。

今日の私の目的は、3つ。

①起業マインド、ベンチャースピリット、上昇志向の人たちの中に身を置き、その空気に触れ、自分自身にビシバシ刺激を入れ、起業思考をより深く具体化すること。

②失敗を恐れないマインドを養うため、積極的に初対面の人に声をかけ、発言し、分からないことを聞く。

③ブログの友達とリアルで会い、さらに交流を深める。


そうこうするうちに、夜の部もあっという間に時間が来て、おひらきとなりました。

最後にブログの友人と、ガッチリ握手して、お互いのこれからを誓い、解散しました。



いや~、楽しかったなぁ。

って、いうか刺激強すぎでした。

なんだか、日頃使わない筋肉を使って、極度に疲労した感覚ですよ。


本日お会いしました、皆さま、本当にありがとうございました。

全員の名札を作ってくれた筆笑長さん、ありがとうございました。

名札


素晴らしい事業計画書を頂きましたいづさん、これからじっくり読んで、勉強させて頂きます。

最後に企画から司会進行、演出、すべてを取り仕切ってくれた拓さん、ほんとにありがとうございました。



【ひとりごと】
やっぱり個人の名刺必要だな。
会社の名刺出したケド、なんか違うって感じだし・・・
つくろっかな!





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暑いのに、アツいやつらが集まるらしい・・(汗

2008年07月24日 01:02

不思議なものです。

基本的に人見知りする臆病モノの私が、ネットで知り合った友人(というか同士)とリアルで会う予定です。

環境も境遇も、地位も年齢も、まったく異なる方が集まります。

ただひとつ同じなのは、皆アツい人たちだということ。

このクソ暑い真夏に、これまたとんでもなく暑い街「梅田」で、やたらアツい連中が集まる。。。

これヤバくないですか?

私はこのアツさに溶けてしまわないだろうか?



震災で家を失い、精神的に病んで、暗い20代を過ごした男が、家を持つことに強い執念を燃やした。

そして33歳で、念願の”家”を手にしたあと、思いもよらぬ「バーンアウト」。

燃え尽き症候群・・・

家を建てることがあまりにも大きな夢だったその男は、生きる目標を、「ミチシルベ」を失い、日々の怠惰な生活に身を投げた。

しかし、サラリーマンである男は、会社での仕事ぶりは大きな評価を得ていた。

順調な昇進と昇給も手にしていた。

それでも、男は満たされない。

家を建てるまでの、あのほとばしるような情熱は日々を充実させていた。

今その情熱や充実はなかった。

そこで男は、あのときの情熱を思い出すため、男は”家を建てるまで”をブログに綴り始めた。

ブログに乗り移った情熱は、多くの人を引き寄せた。

そして、ブログの読者が増えるにつれ、あのときの情熱が蘇ってきた。

そのうち男は、ブログでこのもやもやした気持ちを書き始めた。

さらには自分の夢や目標など漠然とした気持ちも記し始めた。

そうするとどうだろう!さらに多くの人がブログに来てくれるようになった。

しかも同じ気持ちを抱いている人や、応援してくれる人、アドバイスをくれる人など。。

男はまた、ふつふつとした情熱が湧き上がってくるのを感じていた。

漠然とした夢が、だんだんと自分の確固たる目標に変わり、”家を建てるまで”のあの感情に似た情熱がみなぎってきていた。



すでに”家づくり”の話題を終えた私のブログは、その存在意義を次のように変更した。

同じ目標に向かう人たちや、目標の一歩先を行く人たちの中に身を置くことで、まだ具体的でない私の目標を、よりリアルにする。そして必ず実現する。

これまで情熱を再燃させるために使ってきたブログを、目標を実現させるためのツールとして利用することにした。



人が最初に犯罪に出会ったときは、それを憎悪する。

しばらく犯罪と接触が続くと、それに慣れ、耐えられるようになる。

そして十分長く犯罪と接触していると、ついにそれを受容し、それに影響されるようになる。


犯罪と接していると、犯罪者になることを説明した、心理学者の言葉です。

つまり、同じ目標に進んでいる人たちの中に居ると、知らぬ間にそういう自分になる。

多くの人がMBAをとりに行くのは、知識を学ぶためではなく、それを目指す人たちの空気に触れに行くのだと言います。

知識ではなくスピリッツを学ぶ。

ここ最近セミナーなどにも参加して、つくづく思います。

そういう空気に”触れ続ける”ことが、大事だと。


私と同じ年で、私よりも一歩も二歩も目標の先を行く「拓さん」が企画してくれた”社会人交流会”。

実はココ最近、ブログでいつもいいカッコばかり言ってるもんだから、何かしらカッコつけないと・・なんて思ってたけど、やめました。

アツいメンバーが集まる以上、化けの皮なんてすぐに剥がれるし、そもそも、ええカッコ見せに行くのが目的じゃありませんしね。

ドキドキですが、楽しみです。

いい空気、たっぷり吸ってきます!





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モチベーションの源

2008年07月21日 17:57

先日、子どもたちが寝静まったあと、夫婦二人の時間ができたので、自分たちの将来について語り合った。


私にはやりたいことがある。

やらずに後悔はしたくない。

歳をとってから「やればよかった」と嘆くような老いは迎えたくない。

「家族も居るし、住宅ローンもあるから、冒険なんて。。。」と、自ら作った環境なのに、”できない”理由を探して逃げる大人になりたくない。

常に挑戦し続ける、ある意味「ギラついた」心は、持ち続ける人間でいたい。

私の下落は人一倍早い。

ゆるやかな下降曲線を描ける人種ではない。

フェードアウトができない。

やるか、やらないか、ハッキリしている。

悪いところでもあるが、その性格を逆に利点と捉え、集中力を発揮したい。


妻も私のその性格はよく知っている。

妻が言った。

FPの勉強のときも、営業職になりたてのときもそうだったね。

やると決めたら徹夜でも勉強してたもんね。

営業になったときも、「最初の半年で、まわりのレベルに追いついてやる」と言って、毎日遅かったもんね。

営業成績がまわりに追いつくまで、「残業はつけない」って、カッコつけて、給料下がったもんね。。。

私が何かやりたいと言い出したら、きかない性格であることは、長い付き合いの中で、よく知ってくれている。


一旦は年収は下がることがあるかも知れない。

その確率はむしろ高いだろう。

今の生活水準は決して贅沢はしていない自負はあれど、やはり世の中の水準に比べると、恵まれている。

特に住環境は相当高い水準だ。

それをお互い認識した上で、これからの自分たちについて話した。


毎月決まった日に、決まった給料が入って来ない生活は耐えられるか?

彼女はサラリーマンの家庭に生まれ育った。

私は商売人の家に育った。

私のやりたいこと、今後の人生について、妻はその生活環境を理解しているだろうか?

「俺はリスクをとるよ。安全で確実な生活には、自分自身の充実を感じない。俺から上昇志向のモチベーションを取ったら、何も残らないよ。」

「私がどう言ったってやるんでしょ。家建てるときもそうだった。でも、この家もすごく満足してる。あんたの選択してきた道で、これまでもいい暮らしさせてもらってるし、いい意味で信じてるけど。」

これが私のモチベーションの源だ。

妻に良い暮らしをさせたい。

妻に誉められたい。

このために私は働いているのかも知れない。

付き合ってから18年。

結婚10年目を迎える夫婦ですが、今日は少しオノロケです。


家族を説得できなくて、自分のビジネスなどできるはずがない。

自分のやりたいことやるために、実績を積み重ねてきた。

ここ数年が勝負になる。

いや数年なんて甘い考えじゃない。

ここ1、2年だ。

今の会社での立場も、ここ1、2年で間違いなく大きく変わる。

迷いがないワケじゃない。

むしろ、情熱を向けられるものが具体的に決まっているワケじゃないので、迷っている状態かも知れない。

やることに迷いはないが、そのやり方を迷う。

迷ったときはやれ。

迷ったり不安になったときほど、前に進め。

その言葉をアタマに入れながら、変化に柔軟な選択肢を、日々模索しています。





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アツい想いと冷めた目

2008年07月19日 21:41

先日、日本の起業の厳しさを知る機会がありました。

起業したあと黒字化までに、平均で9.6ケ月かかっているそうです。

創業から約10ケ月は赤字。

経営者の給料は利益から出しますから、赤字の間は給料なし。。。

経営者は創業から約10ケ月は、無給というのが日本の起業の実態のようです。

つまり最初の一年の運転資金は、会社の運営費だけじゃなく、自分自身の生活費も見ておかないといけないようです。


創業にはアツい想いが必要です。

創業に賛同してくれる、または支援してくれる人は、その人の起業の動機を最も重要視するといいます。

しかしその一方で、冷めたクールな目、客観的な目で、経営状態を眺める目を養うことも必要だそうです。

特に資金面ではその”目”が、ものをいうことになるようです。

会社、企業である以上は利益を追求しなければなりません。

稼ぎ(利益)を求めないのであれば、ボランティアです。

稼ぐためには社会に貢献しなければなりません。

社会に貢献する、人に喜ばれるからお金が入ってきて、利益になるんですよね。


かと言って、利益の計算ばかりしているようじゃ、賛同してくれる人、支援してくれる人が増えないし。。

応援される人が多い人ほど、成功の確率が高いのは誰もが知っている。

私もアツさと、クールさ、両方兼ね備えないとダメだなぁ・・・

今日はひとりごとで。。




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金持ち父さんにモノ申す!

2008年07月17日 00:00

以前、記事でも紹介した「金持ち父さん」、私に最も大きな影響を与えた本です。

名言の、

「お金のために働くのではなく、お金を自分のために働かせる」

「人生のラットレース」

「持ち家は資産ではない」

など、どれもアタマをワシづかみにされ、左右にガンガン振り回されたような衝撃がありました。


しかしこの本を読んでから、ずっと考え続けて、どうしても腑に落ちないところがありました。

今日、私は金持ち父さんにモノ申します。

「持ち家は資産ではなく負債だ。」

と言った金持ち父さん。



私は言いたい。

「持ち家はたしかに資産ではないが、必ずしも負債ではない。賢く買えば、資産にもなれる。」



持ち家の住宅ローンを、家計のバランスシートの負債欄に載せると位置付けた金持ち父さん。

しかし、私は「衣食住」については、生活必需品であり、負債と捉える考え方にどうも納得ができなかった。

賃貸住宅に住んでも、負債(=自分のポケットからお金を抜き取っていくもの)であることに変わりないと思うのだ。

たしかに、

「売ることなんて考えてないし、一生住む家だから。」

と、資産価値の維持できない(つまり立地の悪い)物件を購入して、それに対して莫大なローンを組んでいるようでは、紛れもなく負債だ。

しかし常に手放せる状態にある家、すなわち、いつ売ってもローン残債は償却でき、かつキャピタルのとれる流動性の高い物件については、これは資産だと思う。


家を買うときに、

「一生住むつもりだから。。」

と、場所は悪くても、広くて大きな家を求めるなんて危険な考えはやめた方がいい。

どうしてもそうしたければ、キャッシュで買うか、ローンを借りるとしても、10年後に中古で売り出したと仮定して売れる価格までの借入れにしなければならない。

その地域で中古住宅が売れているかどうか調べればよく分かる。

新築住宅が安い地域(立地の悪い地域)は、中古住宅はまず売れない。

中古住宅の売れない地域での持ち家取得は、はっきり言って「負債」だ。

夢のマイホームを買うときに、その家を売ることを考えるなんて普通の人はしないし、それを想定するのはハッキリ言って難しい。

でも、その家に本当に一生住むのか?住めるのか?

そんな保障はどこにもない。

転勤

健康の問題

妻の都合

親の都合

子どもの都合

ご近所トラブル(一番多い)

などなど

一生住むつもりで買ったマイホームも、引越しを余儀なくされるケースは誰にでもあるハズである。


”マイホーム取得計画は、売ることを前提にプランしなければならない”


これがマイホームに流動性を持たせるということ。

そうすれば、その持ち家は「資産」に近づくのだ。

このことは「芦屋に家を建てるまで」で散々述べてきた。


「持ち家は資産ではない。」

この言葉はハウスメーカーが演出する”夢のマイホーム”という幻想に踊らされて、10年後の資産価値を知らずに家を買う人の多さを嘆いた、ロバート・キヨサキ氏の愛の警鐘なのだと、私は理解している。

あなたの家は資産ですか?それとも負債?





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勝ち組の発想、負け組の発想

2008年07月15日 21:42

日々の暮らしの中で、うまくいかないことって、結構あります。

むしろ、うまくいかない、思い通りにならないことの方が多いかも知れません。

うまくいかなかったとき、私たちはどういう反応を示すのでしょうか?


例えば、

仕事で、とある大型商談を失注したとしましょう。

「くそっ、プレゼンまでもう少し時間があれば。。」

「なんで横からA社が出てくねん。あいつら後だしのくせに。。」

「それにしてもあのお客さん、見る目ないよな。まっ、A社選んで痛い目に合ったらええねん。。」

と、時間のなさを、

コンペチタを、

お客さんを、



批判する。



自分が負けたことを認めるのがイヤで、外部に敵を見つけ、批判する。

批判していると、自分は悪くないと思えて、なんだか救われた気分になる。

これは明らかに「負け組」の発想です。

批判は負け組です。


では、勝ち組はどうするのでしょう。

当たり前のことですが、

「どうして負けたんだろう?」

「我々は100%の力を出せたんだろうか?」

「何が足りなかったんだろう?」

「A社にあって、ウチになかったものは?」

「次負けないためにはどうする?」

と、自分たちの準備を、

コンペチタの戦略を、

お客さんに認めてもらえなかったワケを、



分析する。



負けたことを素直に認め、次負けないためにどうするか?を分析するのです。

勝ち組は分析をします。


そうです。

うまくいかなかったとき、

「批判」するんじゃなくて、「分析」しましょう。

批判は負け組、分析は勝ち組の発想です。


自分自身に!!





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口はひとつ、耳はふたつ

2008年07月13日 21:55

コミュニケーションで最も大切なことは、「聞くこと」

誰からもそんなことを言われ、ありとあらゆる本にも書かれ、当たり前のように教えられてきました。

しかし、多くの人はコミュニケーションにおいて、「聞く」ことよりも、「話す」ことに時間を割いています。

聞くことの大切さは誰もが知っていますが、皆しゃべることに必死です。

相手の話を聞きながら、次に自分がしゃべることを考えている。

正確にいうと、相手の話は聞いていない。


私は営業職ですが、営業マンは往々にして、よくしゃべる。

しゃべりすぎです。

その商品の良さ、自社の優位性、今購入することのメリット・・・

必死になって説明します。

はっきり言って、お客さんは聞いていません。

ひどい人になると、お客さんの話が終わらないうちに、

「あー、それはですね・・・」

と、話を上からかぶせます。

最悪のコミュニケーション。

そして、自分の用意してきた主張が全部話せると、

「うーん、今日はいい商談ができた。」

と意味なく満足。

相手は不快です。買ってくれるはずなどありません。

ひと昔前だと、

「なんか必死だし、かわいそうだから買ってあげようか。。うるさいし、早く帰って欲しいし・・・」

ってなこともあったかも知れませんが、今は聞かない営業マンはまず売れない。


仕事だけじゃなくて、人間関係においてもそうです。

人の話を聞かず、自分のことばかりしゃべる人。

身の回りに必ず一人はいますよね。

しかも、パッっと思いつきますよね。

すぐに出てくるくらい不快に思ってるンですね。

こんな人と永い付き合いをしたいと思いません。

逆にあなたの仲の良い人。

何気なく仲が良いだけじゃないんですよね。

あなたの話をよく聞いてくれるんです。

だから仲がいいんです。

誰からも人気のあるあの友人は、話を聞くのが上手ですよね。


「話すことより聞くことの方が大切」

こんな、当たり前ですがとても大事なことを、神様は人間のカラダを作るときに教えてくれています。

だって、人間のカラダは、「口がひとつで、耳はふたつ」じゃないですか。

by 金持ち父さん


私もひとつ話したら、最低でもふたつは聞くぞ。

人気者は天性の才能だと思っていましたが、「聞く」ことで、もっと人間力を高めることは可能なハズだ!




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愛よりお金?お金より愛?

2008年07月11日 05:40

今日も反論必至のお金ネタを書きたいと思います。

お金と愛について。


「現代社会では、充分なお金を得られないストレスが最も健康を害している」

「金持ち父さん」のロバート・キヨサキ氏は、著書でこう語っていました。

いわゆる”財布の癌”です。


お金が充分に手に入らないことによる、イザコザ。

夫婦間のトラブルはお金にまつわることがほとんどだと言いますね。

自分の買いたいものが買えない。

趣味に思うように行けない。

広い家が買えない。

友達は外車に乗っている。

恋人同士の時は、気にならなかったことでも、結婚して、ひとつの財布の元に生活を始めるようになると、その金銭感覚の違いにより、イザコザを生みます。

また、子どもの教育方針でモメる夫婦もよくいますが、コレも深く掘り下げてみると、お金の問題に絡んでくることが多いようです。

習いごとに行かせたい。

有名私学を受験させたい。

将来は○○に。。。

心の奥底では、本当はできればさせてあげたい、行かせてあげたい。

でも、そこに行かせるにはお金がかかる。

それは口に出せない。

お金を理由に子どもの教育を制限してしまう自分を認めたくないのです。

だから、それをさせないことの優位性、例えば公立の学校の良さや、その習い事の不要論を自らに言い聞かせ、それをしないことの方が、いい教育方針であることのように思い込む。

その思い込みを夫婦間で納得しあえない場合は、教育方針でモメるという結果を生みます。

根本は充分なお金を得られないストレス。

(あっ、ちなみに私は、公立の学校しか行ったことしかありませんし、私学を賞賛しているワケではありません。子どもにお受験をさせるつもりも全くありません。)


ヨーロッパの古くからの格言に、

「パンを食べられなくて、愛が語れるか?」

というのがあるそうです。

食べるのに困っているようでは、「好きだ」「愛してる」は後回しになる。。。

確かにそんな気もします。

「マズローの欲求5段階説」では、

最下層にあるのは「生理的欲求」

空気、水、食べ物、睡眠など、人が生きていく上で欠かせない欲求です。

今のところ日本では、空気、水はタダに等しいですが、食べ物と快適な睡眠は、最低限のお金が必要です。

それに比べて「愛」は、上から3番目「社会的欲求」、もしくは2番目の「自我欲求」

認められたい、愛されたいなど、他人からの賞賛を求める欲求です。

下層の欲求が満たされて、始めてその上の段階の欲求が芽生える。

まずは、お金がないと、愛は語れないのは、この点にあるのでしょうか?


「お金」と「愛」

「お金か?愛か?」

「愛か?お金か?」

永遠のテーマですが、私はどっちも大好きです^^


なんかオチがありませんでしたね(汗




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生き残るだけじゃダメだ、繁栄しろ!

2008年07月09日 00:48

世界をゆるがしたあの超ベストセラー「金持ち父さんシリーズ」

著者として有名なロバート・キヨサキ氏。

その圧倒的な存在の影に隠れていますが、このシリーズの共同著者である、シャロン・レクターさん。

私はこの方のさりげない、こんな言葉が大好きです。


「これからの時代は、生き残るだけでなく、繁栄することを学ぶ必要がある。」



私たちはこれまで多くの生きる術、知恵を学んで来ました。

親や学校・塾の先生、会社の先輩、上司。

多くの方から、こんなことをよく言われました。

「そんなんじゃ、飯は食えないぞ。」

「手に職を持ったら、食いっぱぐれはないから、しっかり腕をみがけ。」

仕事をすること、自分で稼ぐこととは、「飯を食う」、「家族を食わせる」ことを意味し、しっかり仕事をしないと飯が食えないと叩き込まれてきました。

つまり、「飯を食う」=「生き残る」ための知恵を学んできました。


シャロン・レクターさんは、この「生き残る」ための教育だけではいけないと言っています。

「生き残る」なんてのは当たり前。

「繁栄する」、つまり、今より豊かになるにはどうしたらいいかを学ぶ必要があると言うのです。


おっしゃるとおりだと思いました。

日本のような生活水準の国では、「生き残る」ことなど、そんなに知恵も努力もいらないでしょう。

食事に困って病院に担ぎ込まれる人の話など、まず聞いたことがありません。

フリーターでもニートでも飯が食えなくて死ぬことなんてあり得ない。

会社クビになったり、事業に失敗したり、病気で仕事を長期間休んでも、さまざまな保障を受けられ、飯が食えなくなることなど、まずない。

そんな国で、そんな時代で、「飯を食う」ための教育なんて、教育でもなんでもないんじゃないか。

今の時代は「生き残る」だけの教育じゃなくて、「繁栄する」「豊かになる」ことを学ぶ必要がある。

ほんとにそう思いました。

この自己責任の時代、自分を豊かにするのは、自分以外誰でもない。

国や会社が個人を豊かにしてくれる時代には必要のなかったスキル。

「繁栄する」「豊かに」なる知恵。

これからは、このことを学ぶ必要がある。


しかし、日本の学校教育に「金持ちになる方法」の授業はあるのでしょうか?

私は学歴はありませんし、理系の人間なので、よく分かりませんが、経済学や商学の分野で、

「お金を効果的に増やす方法」

「お金がお金を生む原理を学ぶ方法」

「自分のお金の就職先を探す方法」

なんて、カリキュラムはあるんでしょうか?

恐らくないんじゃないでしょうか?

自分の親から、こんな教育を受けた人も、ほとんどいないと思います。

つまり、「繁栄する」「豊かになる」方法は、誰も教えてくれないんです。


以前の記事で、自分の子どものマネー教育の一環として、株取引のしくみ、資本主義経済のしくみを話したと言いましたが、私は子どもに対するマネー教育は、この「繁栄する」を念頭において考えています。

子どもにお金を増やす方法なんて。。

と言われるかも知れませんが、これからは、こういった教育が必要だと信じています。




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人は何故ネットにハマるのか。。

2008年07月07日 00:00

ブログ炎上

ネットいじめ

ネット社会の言葉の暴力

・・・・・

こんな悲しい話題が毎日のように新聞やニュースで流れています。

ブログのコメントなどで、互いを傷付け合う。。。

自分の主張や価値感を押し付けあう、そんなコメントを見るたびに、読んでるこちらまで不快になります。


でも、私はブログを続けています。

なぜでしょうね。

ネットでは、前述のようなネガティヴな一面よりも、何倍も素晴らしい面があるからです。

ネット社会の素晴らしい面、私の場合、ブログの素晴らしいところ

それは、

「感謝であふれている」

ことです。


見て下さい、コメントを書いてくださる方々の言葉を。

「ありがとう」

「感謝です」

「楽しみです」

「応援してます」

こんな”感謝”の言葉がいくつ並んでいることでしょう。

これは自分のブログを賞賛しているワケではありません。

リンクしてくださっている方のブログを覗いても同様です。

記事も、コメントも、”感謝”の言葉で溢れています。

どんなブログでも、「mixi」や「HOWPA」のようなSNSでも、とにかくネット上に”感謝の言葉”が溢れているのです。

実生活で、

「ありがとう」「素敵だね」「感謝してます」「応援するよ」「共感します」・・・

こんな言葉、一日に何回聞きますか?

自分に向けられる言葉じゃなくても、誰かがこのような言葉を発しているのを、どれくらい耳にしますか?

恐らく、ネットに溢れる”感謝”の嵐は、実生活の数倍の数があることでしょう。

この感謝の嵐はスゴいですよ。


ゆがんだ実力社会、成果主義がはびこり、人間関係が希薄になっていると言われる現代社会で、多くの人が、ブログなどネットの世界に夢中になるのは、この”感謝”の連鎖に引き込まれているんじゃないでしょうか?

「所詮、ネットの世界、架空の世界の感謝。そんなものには心がないよ。。」

でしょうか?

私は違います。

私はブログでもらった感謝の気持ち、心の豊かさは、実生活にも大きな変化を与えました。

人の価値感を受け入れられるようになったのです。

人はそれぞれ価値感が違う。

その前提に立って、人と接するようになると、イラ立ちや怒り、不満はなくなります。

私の場合、ブログでの感謝の連鎖に引き込まれて以来、「愚痴」が極めて少なくなりました。

人を批判することがなくなりました。

その人の良いところを見つけるのが上手くなりました。

相変わらず、自分のことは主張します。

が、相手の主張は批判しません。

これまでのように、なんとか自分の主張の方が正しいことを納得してもらおうと、必死になって説得することはなくなりました。


そうすると、実生活においても”感謝”の連鎖が生まれるようになりました。

今まで意見が食い違い、必死になって説得を試みた相手さえも、私の意見を求めてくるようになりました。

意見の違う相手に対して、

「そんな考え方、価値感があるんだ!」

と、感謝さえ覚えるようになってきました。


”感謝”の心が巻き起こす奇跡。

このチカラに惹かれて、人は皆ネットにのめり込む。

このネットに溢れるの感謝の嵐を、リアルでも巻き起こせるようになると、より豊かになった自分が見えてくると思う。





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そんなんできるワケない

2008年07月05日 01:04

普通のサラリーマンの私が、自分のビジネスを模索し、夢を語り、能書きを垂れれば垂れるほど、

「そんなに甘ないで。」

「結局、ずっと今のままサラリーマンやってるって。。」

「投資なんて、結局プラマイゼロやって、むしろマイやろ。」

「ウチの会社やめて成功したって、聞いたことないで。後悔したってことはよく聞くけどな。」

・・・・・

なんて、いろいろ否定されて、結局最後は、

「そんなんできるワケないって。」

で締めくくられる。。。

そうですね。

かなりの確率で否定されます。

特に職場の同僚からはほぼ100%否定されますね。

起業を目指す皆さんは、おそらく同じだと思います。


人は同じ境遇にいる者が多ければ多いほど安心するようです。

特に日本では。

少なからず不満を抱えて、サラリーマン生活をしている者の中で、その群れから飛び立とうとする者に対してはジェラシーが生まれるのでしょうか?

必ずその行為は否定されます。

「そんなことお前にできるはずがない」

そう妬みにも似た心情なのかも知れません。



・・・・・

と、

思っていたのですが、この

「そんなことお前にはできない」

は、最近になって、よく話を聞いていると、妬みなどではなく、その人は真剣にそう思っていることが分かってきました。

それまで、

「はは~ん、オレがラットレースを抜け出して、ファーストトラックに行こうとしているから、悔しくて、オレの考えや計画を否定してやがるな。。心の中では、オレも連れてってくれー、って思ってるンだろ!?」

なんて思ってましたが、よくよく話してると、そうじゃない。

真剣に、大真面目に、

そんなことできない。

そんなのゲームの世界の話。

書籍の中の架空の話。

そんな世界にオレらは入れない。

もともと世界が違う。

それに遅すぎる。

今から、MBAでもとりに行くんか?

コネがないとムリ。

・・・・・

などなど。。


別に私を妬んで、足を引っぱろうとして言ってるんじゃないんです。

本当にできない、そう思っているのです。


もし私が、

「オレ会社辞めて、親父のラーメン屋継ごうと思ってんねん。」

っていうビジョンを語ったら、さっきのような否定の反応は返ってこなかったハズ。

または、

「オレこの会社辞めて、完全歩合制の外資系で自分試してみるわ。」

だったら、

「スゲぇな、お前ならやれるかも知れんな。」

って、返ってきたと思う。

自営業とか、単なる転職(雇われに代わりはない)だったら否定されなくて、私の目指す収入複数化計画だと、

「できない」

と一蹴される。。。

否定してくださる人のアタマの中に、そういう生き方、概念が、まったく存在していないことが分かったんです。


この「できる」「できない」の違いは、とある本を読んで気づきました。

偉大なチャレンジに対して、多くの人が、

「それはできる。できない。」

を口にする。

「できない」と口にした人は、”自分が”そのチャレンジをやリ遂げることができないと思ったから、「できない」と言ったんです。

できると言った人は、その程度ならオレもできると思ったのでしょう。


つまり、人が発する

「それはできない」

は、それを言った人自身の判断基準なんですね。


私を外資系企業への転職なら成功できるんじゃないか?と言ってくれた人は、「転職」という選択肢なら、自分も考えられると思ったのでしょう。

しかし、「収入複数化」、サラリーマンを続けながら、別で同じくらいの収入を得るなんて、その人自身は想像もつかないンでしょう。

まさに未知の世界。

そりゃ、素直に「できない」と言いますね。


まわりの人は、その人の基準で「できる」「できない」をアドバイスしてくれます。

ですから、自分が「できる」と信じた道なら、誰に「できない」と言われようとも、気にせず、突き進もうと思います。

だって、やるのは私なんですからね。




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人は人を喜ばせることが好き

2008年07月02日 00:07

自分がされて嬉しかったことは、人にもやってみよう。

そう思って、ちょっとした企画してみたら、多くの人が賛同してくれました。

改めて思いました。

「やっぱり、人は人を喜ばせることが大好きだ!」


企画した自分がまずワクワクする。

そして参加してくれた方が、○○さんのために言葉を探し、○○さんの喜ぶ顔を想像しながらワクワクしている。

人間のいいところですね。


サービスを企画する人

企画に参加する人

サービスを受ける人

皆がワクワクする。

Win-Win-Win!

だから私は幹事が好きなんです。

旅行でも、飲み会でも、どんなイベントでもね^^

誰かを喜ばせることは、至福の喜び。

喜んでくれた皆さんの顔を見て(想像して)、私は幸せになる。


おせっかいやきなんでしょうか。。。

昔からずっと、こんなんで幹事ばっかりやってきました。

正直なとこ、世話好きですね。

教師になりたいと思ったこともある。

教えることは大好き。

エンジニアを養成する学校に入りながら、旅行会社に就職して、ツアー企画をしたいと真剣に思ってました。。。

皆が喜ぶ旅行、ツアーをガンガン企画したいと思ってました。


「いつも悪いケド、今回も幹事、頼むわ!」

って、いつも言われて、

「しゃーないな!また俺の独断で企画するで^^」

って、待ってましたと、内心喜ぶ自分。

「任すわ、お前の企画、ハズレはないからな。」

そう言われて、また喜ぶ私。

それから、アレコレ考えるのがこれまた楽し。

何が楽しいって、皆が喜んでる、楽しんでる顔を想像するのが楽しいんですよ。


キレいごとでもウワベでもなく、多くの人を楽しませる企画を考えるのは私の至福の時。

だいたい、ウワベだけでこんな幹事ばっかりやってられない。


それとちょっと自慢ですが、私の企画は、コストパフォーマンスに優れています。

綿密な資金計画で、出資額(会費)以上の価値があったと思わせる自信がある。

出した金に見合うサービス(出資者の期待値)を、いい方に裏切ることが、参加した人の笑顔に繋がることはよく分かっています。


身近なリアルの世界で、こんなことを自負する私ですが、今回ブログの友人たちにも協力してもらって、大好きな喜ばせ系企画やってみて、改めて自分が何をやりたいのか分かりました。

好きなことを考えていると、次々とアイデアが出てくる。

どれも試してみたくなる。

やってみた。

喜ばれた。

またやりたくなる。

もっと気合い入れてやってみた。

気合いは入れるが、
そこに苦痛はない。

むしろ快感。

前以上に喜ばれた。

感動してくれた。

自分も感動した。

・・・・・

私はこれをやる義務を感じた。

自分が得意なことで、人を幸せにするのはある種の義務。

私は自分のいいところ、得意なところを聞いているときに、このことに気がつき始めていました。

そして、Win-Winが成り立つこの関係は、もちろんビジネスに繋がる。

そのビジネスモデルもイメージできてきた。

今、事業計画をまとめている。


私はこれをチャレンジしてみようと思う。

人に喜ばれる仕事は必ず成功する。

皆さんのおかげで光が灯りはじめました。





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